テープ講義録 安岡正篤講話選集

時習する安岡教学

昭和を動かした思想が、180本のテープに

 昭和の時代を営んだ多くの人々に影響を与えた安岡正篤師の講話記録を、テーマごとにテープに収め、わかりやすい解説本を付けた『安岡正篤講話選集』は、語りかける安岡先生の透明な声の中に、歴史を、社会を、そして人間を深く鋭く見つめた真実を感じ取ることができます。

「人間学」とも「指導者学」とも言われる安岡先生の教えは、古今東西の歴史と人物を題材に、国家、経営、社会、家庭における人間と指導者の姿を鋭くそして優しく論じ、普遍の人のあり方と生き方を気づかせてくれます。

散歩をしながらも、よし。運転しながらも、よし。床につきながらも、またよし。安岡教学の真髄のすべてが、往復60分のテープに収まっています。

1ケースに3〜4巻のテープを収納

講話選集のサンプルが聴けます。ダウンロードには、ブロードバンド以外の回線では10分から15分位かかります。


全24集・180巻(各集ごとにケース収納・わかりやすい解説本付き)
 
品名 巻数(ケース数) 価格
孔子と論語(朝の論語) 9巻(3ケース) 54,900円
論語の人間像(巡回講座) 6巻(2ケース) 36,600円
論語読みの論語知らず 7巻(2ケース) 42,700円
孟子を読む(照心講座−−孟子) 7巻(2ケース) 42,700円
老子選講(老荘講義) 5巻(2ケース) 30,500円
小学の活読−−躾教育 7巻(2ケース) 42,700円
東西文明と陰・陽の原理(旧題・易の原理) 3巻(1ケース) 18,300円
中国古典入門(第一期全巻) 44巻(14ケース) 268,400円
東洋人物学 11巻(3ケース) 67,100円
座右銘選講 8巻(2ケース) 48,800円
三国志と人間学 20巻(5ケース) 122,000円
十八史略講義 17巻(5ケース) 103,700円
歴史と人間学(第ニ期全巻) 56巻(15ケース) 341,600円
人生の五計 6巻(2ケース) 36,600円
この師この友 4巻(1ケース) 24,400円
現代の信条 4巻(1ケース) 24,400円
心に響く言葉 3巻(1ケース) 18,300円
政治と倫理−−呻吟語を読む 8巻(2ケース) 48,800円
東洋思想と現代(第三期全巻) 25巻(7ケース) 152,500円
王陽明の人と学 8巻(2ケース) 48,800円
王陽明の名著「伝習録」を読む 12巻(3ケース) 73,200円
陽明学に学ぶ(第4期全巻) 20巻(5ケース) 122,000円
易とは何か 4巻(1ケース) 24,400円
易学と身心の健康 7巻(2ケース) 42,700円
易と人生哲学(第5期全巻) 11巻(3ケース) 67,100円
指導者の条件(水雲問答を読む) 4巻(1ケース) 24,400円
人物百話(世説新語を読む) 7巻(2ケース) 42,700円
経世済民の真髄(熊沢蕃山語録より) 3巻(1ケース) 18,300円
人生を楽しむ(酔古堂剣掃を読む) 10巻(3ケース) 61,000円
先哲に学ぶ(第六期全巻) 24巻(7ケース) 146,400円

[編纂]安岡正篤講話選集刊行委員会
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安岡正篤講話選集の意義と学び方

安岡正篤講話選集刊行委員 山口勝朗

 "同行二人"の朝の散歩 

私は毎朝ウォークマンに安岡先生のテープを入れて、聞きながら散歩をするのが習慣です。すると、私もずいぶん長い間先生の講義を聞いてきたつもりですが、改めて、ははあ、先生はこんなことも話しておられたのかというふうな、よいお話があるのです。これは予想外の収穫でした。とにかく、今日はどういう話かなということで、1時間があっという間に過ぎてしまいます。

こうして足掛け3年余り、毎朝聞きながら歩いていて、最近は「同行二人」−これは、四国の八十八カ所の札所参りをする巡礼の人々が菅笠に書いて歩く言葉なんだそうで、弘法大師と二人で歩くという意味だそうですが、私は安岡先生の話を聞きながら、先生と二人歩いているんだなあという思いがしきりであります。

 「時習」と「伝習」 

安岡先生は「時習」ということをよく言われました。論語の劈頭第一に「学びて時に之を習う、亦た説ばしからずや」とありますが、「時習」は「時々習う」ということじゃないんですね。先生の解釈によると、これはむしろ"じしゅう”と音で読んだほうがよい。あるいは「時(これ)習う」と読んだほうがよろしい。時々ではなくて、事あるごとに、その時の時世に応じて活用する。それが「時習」です。

  習うという字は、羽の下に白いと書きます。白は胴体です。これは、雛鳥が飛ぶことを何度も練習するというのが語源だそうです。そのように、何度もテープを聞くことによって、また新しい発見がずいぶんあるものです。

論語の中の曾子の言葉で「吾れ日に吾が身を三省す」というのがありますが、その第番目は「伝えて習わざるか」ということです。伝えられたことを実際にわがものとしたか、という意味ですね。王陽明の『伝習録』という題はここからとったものです。伝えられて得たことは、まだ知識の段階です。これを習うことによって、これを体現する、あるいは血肉化する。ここに伝習の意味があるのだと思います。

 テープを聞くことの意義  

『伝習録』の序文を書いたのは王陽明の若き高弟である徐愛ですが、この人は陽明の言葉を全部筆録していたそうです。そして「私のような愚か者は先生が生きているうちはいいが、亡くなってしまったら、常に先生のおっしゃったことを手元に置いて、しょっちゅうそれを読んでいないと志がくじける」−「時々対越」と序文に記しています。その時その時、いつも先生と会っている、ということですね。私どもは、この安岡先生のテープがあることで、自分の欲する時にいつでも、亡き先生と対面することができるわけです。

古典を学ぶのには、二つの方法があります。一つは目で見る。もう一つは耳で聞く方法です。目というのは大脳に密接につながり、耳は小脳につながっているのだそうです。だから、目で見るというのはどちらかといえば論理的・概念的ですが、耳で聞くというのは非常に情緒的・直観的な感じがします。夜、静かに先生のテープを聞いておりますと、本を読むのとまた違って、実に懐かしく胸に迫ります。これは耳で聞くほうが感情に訴えるからなんですね。

テープを聞くことによって、単なる理論や思索ではなく、ダイナミックに情緒に訴えて、そして実践につなげる。これが本選集の学び方といいますか、足掛け3年、安岡先生のテープを聞きました私の感想の一端でございます。

●山口勝朗

旧全国師友協会事務局長を努める。機関誌「師と友」の編集責任者として安岡先生につかえる。全国師友協会解散後、() 郷学研修所安岡正篤記念館理事などの要職をつとめる傍ら、古典に対する造詣の深さから安岡先生講話記録の出版原稿のほとんどの編集を委嘱されている。本講話選集および「安岡人間学シリーズ」(株式会社ディ・シー・エス出版局)においても、編集責任者をつとめる。